リンカーン

奴隷解放宣言を行った人物で,暗殺された大統領。
この映画を見るにあたり,持っていた知識はその程度のものでした。
なぜこの時代にリンカーンなのか?
現在でもアメリカ人に愛される大統領とは聞くものの,
その理由は一体何なのか?
いくつかの理由とタイミングで見に行ったものの,
見る前は『ちぃと眠いから、寝ないか心配…』なんてつぶやいたりしましたが,
この映画,抜群でした。


簡単に映画の説明なんてしてみますと,
映画で描かれてるのは,エイブラハム・リンカーンの最後の4ヶ月ほど。
4年間続いた南北戦争は終局に向かいつつあるなか,
リンカーンアメリカ合衆国憲法修正第13条の成立に邁進していました。
修正第13条とは奴隷制の廃止および犯罪者以外に対する隷属を禁じるもの。
上院ではすでに可決していたものの,
下院で可決するには3分の2の賛成が必要にも関わらず,
リンカーン率いる共和党全員が賛成しても20票足りない状況でした。
この法案の可決は奴隷解放宣言を行った彼にとって
奴隷制度に永遠の別れを告げるためにも必須なものであり,
戦争が終結してしまってからでは成立不能なものでした。
議会としては戦争をすぐにでも終結させたい。
そのためであれば修正第13条を取り下げるべきとの声も高まっている。
そんな状況下で彼はたとえ多くの死者が出ようとも,
修正第13条が批准するまでは戦争を止めるわけにいかないと決断。
ロビイストを駆使し,敵対する民主党議員の切り崩しにかかる。



潔白で高潔な政治家としてリンカーンを描くのではなく,
公にはしにくい,ダーティーな面を含めた彼を描いたのはスピルバーグ監督らしく感じました。
彼が抜群の能力を備えた人間であるよう,美化されている面も大いにあるでしょう。
この映画のなかでも,そもそもの開放宣言の意図が異なっていたと語られる部分もあります。
政治家と交渉するロビイストの存在などは,
日本人には受け入れにくい存在ではないだろうでしょうか。
それでもこの映画を見ている間,
どんどんリンカーンという人物に惹かれる自分がいました。
言葉の巧みさは言うまでもなく,
彼が抱えた孤独,葛藤,逡巡,そして信念。
この作品で描かれた,リンカーンの人間臭さ。
英雄ではなく1人の人間として描かれた彼の魅力に惹きつけられました。
幾つも心に残るセリフがありましたが,
特に印象的だったのは,コンパスに関するものと重荷に関するものです。
コンパスの話はちょうど今,抱いている悩みのヒントに,
重荷の話は,少しずつ受け入れることができ始めた過去に。
作られたものではありますが,
現代を生きる自分にとって必要なことを,
時代は違えど大切にしなければいけないことを
再確認させてくれたようでさえあります。



また,スピルバーグ監督がこれまでに,
アカデミー賞を受賞した『シンドラーのリスト』『プライベート・ライアン』とは異なる感触がありました。
この作品を撮ったのは,リンカーン生誕200年の記念や自身の名誉のためではなく,
老年期に入った彼が,これからの世代に伝えるべきことの一つとしたからではないのかな。
そのように感じさえしました。
この作品は,万人受けする映画では決してありません。
実際,映画館では隣の『アイアンマン3』の方に若者はどんどん入っていきました。
それでも,自分は
「この『リンカーン』は見る価値がある作品だ」
と人にすすめたいです。



リンカーン(下) - 奴隷解放 (中公文庫)

リンカーン(下) - 奴隷解放 (中公文庫)



感情を抑えながらも,強い意思や信念を演じたリンカーン役のダニエル・デイ=ルイス
彼が様々な主演男優賞を受賞したのは納得です。
他の作品も見てみたい。
そう思える演技でした。